GO!GO! U-17合宿・4
一方、そんな事が施設内で起こっているとは全く知らない立海の面々は、桜乃が向かっているルームではなく、先程彼女が通ったばかりの食堂でのんびりと小休止を取っているところだった。
正に、彼女とは入れ違いのタイミングであり、それもまた桜乃の運のなさを如実に物語っている。
「ふぃーっ、疲れた疲れたっと。水分補給しよーっと」
トレーニングメニューが一段落したらしい若者達が、各々、席を取りながら一息ついている脇で、早速丸井が食堂に備え付けていた飲料の自動販売機に走っていく。
販売機と言っても、見た目は世間でよく見るものだが、施設内にいる生徒達がお金を入れなくても物品が入手出来るように改良されたものなので、正しくは補給機と呼んだ方がいいだろうか。
「俺も行こうかの。柳生、何か飲むか?」
「ミネラルウォーターをお願いします・・・・・・添加物はナシで」
「嫌じゃなぁ、何か入れようと思っとった訳じゃないぜよ」
「そういう事にしておいてあげますから、何も入れないで結構です」
「はいはい」
丸井の後を追う形で仁王が歩いて行く様子を苦笑して眺めた後、彼らのリーダーとして相変わらず辣腕を揮っているらしい幸村が軽く息をついた。
「ちょっとはここにも慣れてきたかな・・・トレーニングも今の処は十分についていける内容のものばかりだし」
「そうだな・・・けど、施設が広いから最初はちょっと迷ったりもしたなぁ」
ジャッカルが笑って幸村に答えている隣では、柳が相変わらず自前のノートを広げていた。
「何しろ最先端の技術を駆使している場所だ。それに俺達以外にも高校生も多数抱えているからな、これだけの大きさになるのはやむを得ないところもあるだろう・・・狭いよりは広いほうが心理的にも好都合だが」
「まぁ、それもそうか」
狭い場所に野郎達が詰め込まれている場所を想像するだけで萎える・・・とジャッカルが思っていたところで、一緒に座っていた真田がぎろりと相変わらず鋭い視線を周囲に向け、あからさまに眉をひそめた。
「ところで赤也の姿が見えない様だが・・・? さっきまで練習は一緒にしていた筈だ」
どうやらいつも目付けをしている若者の姿が見えない事が気に掛かっているらしい。
ここまで来ると、殆ど保護者だ。
「ああ、切原君なら、途中で分かれていた道の方に向かいましたよ。午前中最初の練習に使っていた部屋に忘れ物があるとかで・・・」
「忘れ物? そうか・・・では戻るのを待つか」
「何か用事でもあるのかい? 弦一郎?」
ただ皆が集まるのを待っている訳ではなさそうだ・・・と語調から読み取った幸村が尋ねると、相手は憮然として目を閉じた。
「・・・俺が課した反省文十枚をちゃんと書いたかどうか確認をしておきたくてな」
「反省文・・・?」
立海の末っ子がまた何かしたのか・・・?と首を傾げた部長に、戻って来た仁王が笑いながら答えた。
「何じゃ、幸村は知らんかったか。赤也の奴、昨日の夜にこっそりゲーム機を持ち込んどったのを真田に見つかったんじゃよ」
「ああ・・・」
それでか・・・と幸村が笑って納得したが、それだけで済まないのがお固い性格の副部長だ。
「全く! 上の誰かに見つかったらそれだけでもどんな処罰が下るかも分からんのに、浮かれ過ぎだ! 勿論、即没収して反省文を書く様に言っておいた。期日は特に定めてはいないが、あいつの事だ、せっつかんといつまでもダラダラと引き延ばしかねんからな」
「君達、もういっそのこと結婚したら?」
「精市!!」
茶化す親友に困惑の表情で真田が強く名を呼ぶと、相手はすぐに笑いながら手を振った。
「冗談だよ。でも放っておいたら彼が勝手に罰を受けるだけなのに、それを結局未然に防いでくれてるんだから、君も人が好いよ」
「な、何を言うか、俺はあいつが罰を受ける事で、立海の名に傷がつく事を心配して言っているのだ!」
いかにもな理由を述べながらも、照れ隠しからか多少動揺している親友にはいはいと笑いながら幸村が答えていると、仁王と一緒に戻って来た丸井がくてん・・・とテーブルに突っ伏した。
「トレーニングは立海のモンより楽なぐらいだから別にいい・・・ゲームも別にあってもなくてもいい・・・けど、甘いモンがないのは嫌だ〜〜〜」
「まだ言ってるし・・・諦めろって、ちゃんと三度三度の食事はしっかり出てるだろ? ガムの持ち込みも許可されたんだから、それだけでも良かったじゃないか」
ジャッカルの慰めにも、丸井は頭をテーブルにつけたまま、首をぐじぐじと横に振って反論した。
「甘いモンが欲しいったら欲しい〜・・・おさげちゃんもどうしてるかな〜〜〜、俺らがいなくて泣いてんじゃないかな〜〜〜」
「それは希望と言うより、お前の希望的観測だな」
甘い物からの連想ゲームで思い出したらしいあの少女を懐かしむ丸井に、柳がびしっと鋭い一言を投げかけた。
しかし、彼の言葉で他のメンバーもおさげの少女の事を思い出してしまったらしく、全員が少しだけ表情を曇らせる。
「会えない・・・と思うと、やはり少々きついものがありますね」
「ま、試験期間とかの数日の話なら、まだ楽なもんじゃが・・・」
「あれで芯は強い子だ、俺達との約束を守ってくれてはいるだろうが・・・寂しいと思ってくれている確率は百パーセントだな」
柳の台詞に、丸井ががばちょっと勢いよく頭を起こす。
「うお! びっくりしたぁ!!」
驚く相棒に構わず、赤毛の若者が真剣に参謀に尋ねた。
「まさかおさげちゃん、寂しさの余りに誰かの甘い言葉に釣られて、道を踏み外したりってコトないだろうな!!」
「だから何でそういう如何わしい話に行くんだよ!!」
「だってよくマンガでもあんじゃんか!! 恋人が遠く離れた場所に行って、寂しくなった主人公が〜ってヤツ!」
「心配しなくても、そもそも恋人でもねぇだろお前は・・・それになぁ」
ジャッカルが最後の一言はこそっと小さく相棒に囁き、念を押した。
『そろそろ幸村がヤバいオーラ出してるから、つっつくのは止めとけ』
彼の言う通り、メンバーの話を聞いていた幸村の周囲の空気が何処となく重くなっている。
可愛がっていた少女と会えないというストレスを思い出してしまったと同時に、嫌な予想を聞かされた事で、若干機嫌が悪くなっている様だ。
『うお! やべぇ、ヤブつついた?』
『な? 蛇が出ない内にやめとけよ』
この場合、蛇と言うのは間違いなく幸村のコトだろう・・・詳しく言うと、『恐い状態の』幸村。
その幸村は、怪しいオーラを出しつつも特に丸井達を嗜めるでもなく暫し無言でいたが、不意にぽつんと呟いた。
「まぁ有り得ないとは分かってるけど、彼女が俺達に会いに来てくれたらいいなって思っちゃったりするよね」
「ああ・・・まぁ、俺らがこういう状態で外に出れんからのう」
「しかし、おそらく彼女が来たとしても門前払いでしょうからねえ・・・残念ですが」
流石にそれは望んでも叶わない夢だろう・・・と、立海の面々がふ〜っと落胆の溜息を漏らした時だった。
「やから、ホンマに座敷童子やったんやて」
「またまた侑士〜、只の疲労で幻でも見ただけだろ?」
再びそこに入って来た氷帝の忍足と向日が、そんな会話を交わしながら立海の面々の座っているテーブルの端を行き過ぎる。
「冗談でも気のせいでもあらへん。こう、よう思い出してみたらちーちゃい手ぇやったし、えらい柔かったからなぁ、多分女の子やったと思うわ。ちいちゃい言うても、そんなに俺らと違う年でもないような・・・」
「だーかーらー、そんなヤツ、ここにいる訳ないじゃん! 男子だけの合宿だし知り合いでも思い当たるヤツいないしさぁ」
「やから不思議や言うてんのや・・・」
『・・・・・・・・・・・・・・・』
一人・・・思い切り思い当たる節のある女性を知っている立海の面子が、固く強張った表情で凍りつく。
まさか・・・
しかし、本当にまさか、と言える話で何の証拠もないので、そこでは思い浮かんだ考えはすぐに一蹴された。
「はは、ま、まさかだよなぁ〜〜〜!?」
「そ、そうだな!! 幾ら何でもあの子がこんなトコロにいる訳がねぇってのい!!」
最初は少女に会いたいとあれ程我侭を口にしていた丸井ですら、今はジャッカルの否定的な言葉にうんうんと賛同していたが、そこに今度は賑やかな一団が入って来た。
四天宝寺のメンバーだ。
「わーいっ!! 恵方巻きや恵方巻きっ!! これ食ったら何かエエコトあるんかな〜〜! どっち向いて食ったらええんやろ?」
「待ちぃや金ちゃんっ! それ一体誰にもろたんや?」
「恵方巻きって・・・ロールケーキばい、どう見ても」
四天宝寺の男達の発言に真っ先に反応を示したのは、勿論、甘い物に飢えて禁断症状寸前の丸井だった。
「何ぃ、ロールケーキッ!!??」
先程までの脱力状態から一転、彼は実に素早い動きで、あの四天宝寺の一年生にダッシュで迫った。
「うわあぁぁっ!! 何や!? やらへんで!」
迫ってきた丸井からケーキを庇う様にしながら遠山がきっぱり断ったが、それで引き下がる相手でもない。
「なぁお前っ、それ、何処で手に入れたんだ? どっかで売って・・・・・・ん?」
相手が渡す気がなくても何処かで手に入るならそうしたらいい、と考えていた丸井が、ふと怪訝な表情に変わり、くんくんくんっと鼻を忙しなく鳴らした。
「?」
「・・・どぎゃんしたとね?」
同行していた白石と千歳が同じく怪訝な表情に変わり、見ていた立海の他のメンバー達も同じ表情になったところで、丸井が物凄い大声で叫んだ。
「これ! おさげちゃんのケーキだーっ!!」
『なにぃーっ!?!?!?』
「は・・・?」
どういう事・・・?と唖然としている白石達の前で、丸井ががっくんがっくんと遠山の両肩を捕まえて激しく揺さぶった。
「なぁお前っ!! 何処でおさげちゃんに会ったんだ!? いるんだろい!? このクリームの匂い、間違いなく彼女が作るヤツだもん!! あいつ何処にいんの!?」
「おおお〜っ!?」
揺さぶられている遠山が余りの激しさに目を回している脇で、白石と千歳が真剣な表情で目配せする。
「クリームって、匂いでそこまで分かるもんなんか!?・・・てか、クリームって匂うんか!?」
「俺は人間じゃけん、そこまではよう分からんたい・・・」
謎の生命体と一緒にするな、と言わんばかりの千歳の態度だったが、それにも丸井は一向に構う様子はなく、目の前の少年の答えだけを待っていた。
一方、散々頭を振られて目を回してしまった遠山は、ぐるんぐるんと回る世界にくらくらしながら、何とか相手の問い掛けに答えを返す。
「うう〜〜〜ん・・・そないなコト分からへん〜。ワイ、途中まで荷物運んだだけやもん、そん時のお礼に、おさげのケーキのねーちゃんからコレもろたんや〜・・・」
最早、間違いないっ!!
がたんっ!!と椅子を倒す勢いで幸村が立ち上がり、立海メンバー全員に命令を出した。
「探しに行くよっ!!」
『おうっ!!』
こんなだだっ広い場所に放り込まれた少女が、まともに人探しなど出来る訳がない!!
見知った中学生に出会うだけならまだいいが、もし高校生の誰かに会って、変なちょっかいでも出されようものなら大事だ!!
「どうして関係者立ち入り禁止区域に彼女が!?」
「何でもええじゃろ!! 今は兎に角アイツの安全を守るのが先決じゃ!」
「彼女個人の能力でここに侵入出来る可能性はゼロパーセント・・・誰か協力者がいるのだろう」
「何の目的かは分からんが、急ぐに越したことはないな・・・赤也あたりが見かけていたらいいのだが・・・」
そんな会話を交わしながらも立海メンバー達の行動力は凄まじく、四天宝寺や氷帝の面々が呆気に取られて見守る中、彼らは既に忽然とその場から姿を消してしまっていた・・・
そして一方、トレーニングルームでは・・・
「ZZZZZ・・・」
真田に昨日お叱りを受け、反省文十枚を課されてしまった二年生エースが、心地良さそうにベンチに横になって惰眠を貪っていた。
どうやら忘れ物を取りに戻ったはいいが、そのまま眠気につられて少し横になり、意識の底へと転落してしまった様だ。
つい先程までは彼一人しかいないトレーニングルームだったが、今は新たな客人たちを迎えてやや賑やかな様子なのだが、依然、彼が起きる気配はない。
「・・・・・・全く・・・何をしてるんでしょうかね、彼は」
他の器具に腰を下ろし、早速筋肉トレーニングを始めようとしていた比嘉の部長が、呆れた顔でそう言いながら眠りこける切原を評した。
「放っとくさぁ永四郎、どーせまたあの帽子の男が来るやっし」
「そうだなー」
別に起こす義理もないし、その為に自分達が骨を折ってやる義理もない・・・と、平古場や甲斐もつれない反応だ。
普段から言葉数の少ない知念もまた、そこでは何も言わずに立海の二年生を傍観するに留めている。
「ま、それもそうですね・・・・・・説教が賑やかになれば、外にご退場頂きましょう」
こちらの訓練の邪魔になるのは甚だ迷惑ですからね・・・と、木手も頷いて、改めてトレーニングに励むべく姿勢を整えたところで・・・ふと、その視線が横へと向いた。
「・・・ん?」
がちゃん・・・と木手が動かしていた器具が止まり、鈍い音をたてた事で、他のメンバー達もそちらへと目を遣る。
「どうしたんさ、永四郎・・・ありゃ?」
今度はどうした、と平古場がそちらへ注目すると、彼もまた同じく動きを止めて先を凝視する。
「あの子は・・・竜崎やっし」
甲斐が珍しいものを見たとばかりに目を見開き、
「何でここに来とるんばーよ?」
と、田仁志が極自然な質問を口にした。
向こうは、トレーニングルームの外に到着すると、きょろきょろっと窓ガラス越しに中を伺う様に視線を彷徨わせ、自分達に気付いたところで安堵した様に笑顔を見せた。
そしてそのまま、近くにあったドアを開けて、ひょこりと頭だけを覗かせた。
「こんにちはぁ。比嘉の皆さん、お久し振りですー! お元気そうで」
「おー、やっぱ竜崎かぁ」
「やー、どうしたんさー、こんな所でー」
甲斐と平古場の挨拶を受けながら、部屋の中へと入室を果たした少女が、とことこと比嘉の面々の方へと歩いて行く。
「ええと・・・リョーマ君から、ここに立海の切原さんがいるって聞いたので会いに来たんですけど・・・まだいらっしゃいますか?」
「・・・ええ、確かにいますね・・・まだ」
「?」
何となく棘のある言い方をする木手に首を傾げた桜乃が、そのまま彼が指し示す方向へと視線を動かすと・・・
「・・・あらら〜」
だらっとした寝姿を晒している二年生エースの姿に、成る程・・・と苦笑した。
「醜態晒すのはご勝手に、と言いたいところですが、よくあれでレギュラーが務まりますね。別の意味で感心しますよ」
「うーん・・・あれが切原さんらしいと言えばそうですからねぇ・・・でも、そろそろ起こしてあげないと、真田さんに見つかってしまいますね」
(おお・・・既にあの帽子に見つかること前提で・・・)
(いなぐ(彼女)も慣れてるさー)
甲斐達が妙な感心をしている間に、桜乃がとことこと眠っている切原の方へと歩いて行く。
仰向けになって眠っている若者は、悩みなど全くない様子で寝息をたてており、その呑気振りに少女も苦笑い。
「強化合宿って言っても、何の気負いもないのは流石って言うべきなのかなぁ・・・もしもし、切原さん?」
「んん〜〜〜〜・・・もうちょっと・・・」
「ん・・・?」
どうやら、今は眠りの中で夢を楽しんでいるらしく、相手の口元にうっすらと笑みが称えられている。
「あら・・・何か良い夢見てるのかな、ちょっと気の毒な気もするけど・・・もしもーし?」
「んん〜・・・いいじゃねーか、誰も見てねーって・・・」
「・・・知らぬは本人ばかりなり・・・ですか」
ここにきっちり目撃者がいますよ、と思いつつ、桜乃がゆさゆさと相手の肩を揺する。
どうせまた何か良からぬ企みをしているのだろう・・・と思っていた少女の勘は、実は見事に当たっていた。
いや、彼女の想像を遥かに超えた形で、当たっていたのだ。
「ん・・・」
肩を揺すられた切原の瞳がうっすらと開き、相手の姿を捉えると、その視点は見事に定まった。
「・・・竜崎?」
普通はここで夢を見ていた事を自覚して目を覚ます反応を返す筈が、切原は依然、ぼーっとして桜乃の姿を見詰めている。
「? 切原さん?」
と、桜乃が呼びかけた瞬間・・・
「・・・しょっと」
だきっ・・・!!
「え・・・っ! きゃあっ!!」
いきなり切原が桜乃に抱きついてきたかと思うと、二人はそのまま少女を下に倒れてしまった。
「ちょちょちょ・・・切原さんっ!?」
「いーじゃん・・・もうちょっとゆっくり・・・」
「よくないですっ! 一体何の夢を見てるんですかぁ〜!?」
まさか若者が、自分を相手にデートしている夢を見ているとは想像も出来ず、桜乃がじたばたともがきながら声を上げたが、流石に体力も筋力も有り余っているスポーツマンの肉体は重く微動だにしない。
しかし今回は、そこにいるのが桜乃だけではなかった事が幸いした。
「おいおいおいおいっ!!」
「幾ら何でも、ありはまじいやんやーっ(あれはまずいだろ)!!」
「〜〜〜っ!!」
甲斐と平古場があわわ!と両手をばたつかせて向こうの様子に動揺している隣では、丁度握力トレーニング目的でハンドグリッパーを握っていた知念が、無言の代わりにばきっ!とそのバネを折ってしまう。
「目に余る所業ですね・・・止めましょうか」
自校の生徒ではないにしろ、流石に人として止めない訳にはいかないだろうと木手が部員達に指示を出した。
しかめっ面で眼鏡を抑えているのは、おそらく襲ってきた頭痛の為だろう。
木手に言われるまでもなく、どわーっと切原達の方へと突進した比嘉の男達が、何とか寝惚けている切原の身体を桜乃の上から除けたところで、ルーム前の廊下を数人の男達が行き過ぎようとしていた。
部屋と廊下を遮る壁には強化ガラスも設置されており、向こうの男達がこちらの様子を見た途端、慌てて中へと飛び込んで来る。
やはり、立海の三年生達だった。
「おさげちゃん、みーっけっ!!!・・・・・・って」
「うお! 本物だっ!!・・・あれ?」
目的の少女をようやく見つける事が出来て、ひゃっほい!!と大喜びの丸井達だったが、その場の異様な光景に気付いて顔を強張らせる。
ウチの二年生が、比嘉の面々に両肩を抱えられた姿で、その前には床に倒れていたらしい少女がむくりと上体を起こしている。
「・・・・・・さて問題です。一体ナニがあったでしょう?」
「考えたくもなければ、答えたくもありません」
詐欺師の意味深な問い掛けに、断固として紳士が回答を拒否している間に、柳が少し離れた場所で傍観していた比嘉の部長に声を掛けた。
「ウチの部員が何かを仕出かしてしまった様だが、仔細を教えて貰えるだろうか・・・」
「教えたら、ゴーヤーの罰どころか血を見ることになりかねませんねぇ、そちらのお二人さんのご様子だと」
ちらっと木手がそう言って視線を遣ったのは、質問を投げかけた柳ではなく、その隣に控えていた幸村と真田の面々だった。
幸村は相変わらず淡い微笑を称えていたが、その背後には恐ろしい見えないオーラが立ち昇っている。
そして、切原の目付け役である真田は本物の鬼が乗り移ったかの如き形相で、騒動の様子を見守っていた。
木手の予想も当然のものだったが、柳はそれがどうかしたかと淡々と返す。
「・・・何か教えられない理由でも?」
「いいえぇ、喜んでお教えしますよ」
木手の返答もかなり人を食ったものであり、逆に聞いていた平古場達の方がぞわっと背中に寒気を感じる始末だった。
つまり、血を流そうと流すまいと好きにしろというコトだ。
『血ぃ、んちぶさんどぅー(見たいのか)? 永四郎・・・』
『立海も比嘉も、うとぅるさんなぁ〜(怖えなぁ)』
甲斐や平古場がぞーっと悪寒を感じながらそんな事を言い合っている間に、知念の助けを借りて桜乃がようやく立ち上がり、切原は完全に覚醒した。
「・・・あ、あれ? 俺、何で」
「あ、やっと起きましたか」
「竜崎!? な、何でお前がここに・・・!?」
抱きついたコトも押し倒したこともどうやら綺麗さっぱり忘れているらしい若者が桜乃の登場に驚いている間に、木手が事のあらましを全て真田と幸村に暴露してゆく。
一方で、切原本人は桜乃や甲斐達から自分の所業を知らされていた。
「いいい!? 俺が!?」
「やー、もうちょっと寝るトコ、気ぃつけたがいいぞ」
「下手すりゃあ、強制退去どころか、警察行きさぁ」
平古場と甲斐の忠告を受け、顔色が青くなった切原に、桜乃がまぁまぁと優しく声を掛ける。
「い、いいですよ、どんな夢を見ていたかは知りませんけど、怪我もありませんでしたし」
(或る意味、怪我より危険な目に遭いかねなかったってコトはスルーで?)
(うん、スルーで)
ジャッカルの心の声に、丸井も頷いて答えていたところで・・・いよいよ真打ち登場。
「赤也・・・」
「ひ・・・っ」
聞き覚えのある低音に、思わず口からひきつった声が漏れてしまった切原が恐る恐るそちらへと目を向けると、やはり、そこには鬼の副部長が仁王立ちで立ってこちらを睨みつけていた。
「げ・・・っ、真田副部長・・・っ!!」
「貴様・・・よりにもよって他校の目の前で大恥を晒してくれおって・・・!!」
あーあ・・・と他の部員達が心の中で十字を切ったり念仏を唱えたりする中で、当人の切原が恐る恐る相手に沙汰を聞く。
「・・・ま、また反省文十枚ッスか?」
「いや」
考えられた罰を口にした相手に、意外にも真田は否と答えた。
「・・・・・・今回は・・・三十一文字でいい」
「へ・・・ず、随分中途半端な数ッスね」
答えた後輩に、真田がおぞましい笑みを浮かべてその真意を語った。
「それが貴様の辞世の句となる・・・」
「ぎゃ〜〜〜〜〜っ!! お助け〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「女を襲う輩に情など要らぬわ、この大馬鹿者ーっ!!」
どたんばたんと向こうが一気に賑やかになる一方では、後輩の再教育は真田に完全に任せる事にしたらしい幸村達が、桜乃との久し振りの再会を喜んでいた。
「まさかこんな所で会えるなんて、嬉しいよ。よく来てくれたね」
「元気じゃったか?」
「ちゃんと食べていますか? 貴女は華奢ですからね、しっかりと栄養を取らないといけませんよ」
「は、はぁ・・・」
切原さん、大丈夫かしら・・・と真田に喝を入れられている相手を気遣っている桜乃の隣では、彼女が持っていた残りの手作りの菓子を手に入れた丸井が狂喜に踊っていた。
「いやった〜〜〜〜っ!! ひっさしぶりのおさげちゃん印のお菓子〜〜〜〜っ!!」
「ちょっとは分ける気遣いを見せろよお前は・・・」
そうしている内に、桜乃はようやく落ち着いた全員にここに来た経緯を話し、それからは祖母からの連絡を携帯で受けるまで、ようやく得られた久し振りの団欒の時間を楽しく過ごしていた・・・・・・
楽しい時間はそう長く続く事はなく・・・桜乃はその後祖母に呼び出された後は、施設を去るべく元の正面玄関へと向かっていた。
若者達もこれからまたトレーニングがあるということで、そこまで見送りに来ることも出来ず、残念ながら中でのお別れとなってしまったのだ。
(・・・久し振りに会えたのは嬉しかったけど・・・やっぱり寂しいなぁ)
こうして祖母がしょっちゅうここに来る事もそうないだろうし、今度こそ、また暫くのお別れかな・・・?
久し振りに会えた嬉しさに、過去の覚悟が再びぐらぐらと揺れるのを感じながら、桜乃は祖母と一緒に車に乗り込み、そのまま施設を出るべく門へと向かう。
そして門に来た所で、そこの警備員に止められ、彼女たちは車を降りた。
来た時と同様に、ここで退所の手続きを取るということだろう。
「こちらに署名を・・・はい、結構です。では、これをお持ち下さい」
「ん?」
「え・・・?」
竜崎スミレだけではなく、桜乃にも、一枚のカードが手渡される。
それは白色の硬質プラスチック製のカードで、表面には自分の名前と無作為に並んだ数字の列が刻印され、金色のICチップが埋め込まれていた。
丁度、銀行のキャッシュカードの様なイメージに近い。
「これは何ですか?」
孫の桜乃がカードを手に取り、様々な角度からそれを観察している脇で、祖母のスミレが当然の疑問を警備員にぶつけた。
こういう物を貰うということは何も知らされてはいないのだが・・・と訝る相手に、警備員がにこやかに説明を始めた。
「はい、黒部コーチのご判断で、本日お呼びした関係者の方々には、今後また施設に入所する機会がある際の手続きがスムーズに行えるよう、特例として入所用カードを発行致しました。今後はカードをお持ちの方々は、そちらの門に設置しているリーダーに通すだけで入場が可能になります。次回からの来所の際には、必ずカードを持参して下さい」
「!!」
カードを眺めていた桜乃が、思わずぎょっとする。
そして改めて手にしていたカードを確認し・・・そこに間違いなく自分の名前が刻まれていることを確かめた。
ということは、つまり・・・これを持っていたら・・・?
「それは有り難いけど・・・いいのかねぇ」
ちらっとスミレが孫の方を見遣ったが、向こうの警備員は特に拒否する様子もなかった。
「関係者は全員という指示でしたので、特に例外はありません。今日、こちらに記名された方々のカードは全員分、作るように言われていますので・・・」
「そうですか・・・まぁ、見学させて貰った限りでは監視体制も十分に整っているし、怪しい侵入者の心配は要らないでしょう。今日はこちらも大変勉強になりました」
「恐れ入ります」
「桜乃、行くよ」
「う、うん、お祖母ちゃん」
促され、桜乃は手にしたカードをぎゅっと固く握り締めたまま車に乗り込んだ。
まるで他の誰にも、もうそれを返せと言われても断固断ろう、そんな気持ちを込めるかの様に。
そして、更に後日・・・
「えー、そういう訳で、これからもここに来ることが出来る様になりました」
『バンザーイ! バンザーイ! バンザーイッ!!』
またの桜乃の来訪を受け、立海の面々が大いに喜ぶ姿が、合宿所内で見られていた・・・・・・
3へ
了