GO!GO! U−17合宿!!・1


 中学テニス界一番のイベント、全国大会が終了してから暫く後・・・強豪校のレギュラー総勢五十名に、一通の手紙が届けられた。

「U−17合宿?」
「そう。呼び名が示す通り、17歳以下の若者達の中で才能ある人材を探し出し、プロへの育成を目的とする合宿のことだよ。経験とこなした試合数から単純に考えたら、年長者が有利なのは当然だからね、殆どは高校生相手の企画なんだが・・・」
 昼休みの職員室。
 青学の中学一年生である竜崎桜乃は、祖母である竜崎スミレが座る席の前に立ち、彼女から或るプロジェクトについての説明を受けていた。
 桜乃本人に関わるものではなく、丁度同じくその場にいた不二周助とスミレの会話に興味が沸いて、途中からちょっとだけ顔を覗かせ、何について話しているのか尋ねてみたのだ。
 桜乃の隣に立つ三年生の不二は、いつもの様に穏やかな微笑を浮かべ、右手に一通の白い封筒を持っている。
「今年の全国大会は例年になく逸材が多かったということで、向こうのお偉いさんが試験的に中学生も参加させてみようと、全国から五十名の生徒を合宿所に招待することになったらしい。ウチは今年度の優勝校だから、レギュラーは取り敢えず全員参加資格を得ることになった」
「すごーい」
「フフ、有難う」
 目を輝かせてこちらを賞賛してくれる桜乃に、不二が笑いながら礼を言うと、向こうは興味津々とばかりに封筒へと視線を移した。
「えと・・・見せてもらってもいいですか?」
「うん、いいよ」
 全国でも五十人の中学生しか受け取れない、希少価値ものの招待状である。
 自分など、一生縁がないだろうそれを不二から受け取ると、桜乃は下手に汚すことがない様に細心の注意を払いながら中身の封書を取り出し、ぴらっと開いた。
 読んでいくと、堅苦しい文章で合宿参加の権利を与える旨の内容が書き込まれている。
 まだ見たこともない合宿所である筈なのに、部外者の自分までもが緊張で身体が固くなってしまいそうだ。
「うわ〜あ・・・」
「全国制覇も果たしてその実力も認められて、プロを輩出するトップクラスの施設に招かれるとは、顧問のアタシも鼻が高いよ。お前達のことだからそう心配は要らないだろうが、合宿中も気を抜くことなく、しっかりやるんだよ」
「はい、竜崎先生」
 顧問の指示に素直に返事を返した天才は、ふと思い出した様に尋ねた。
「・・・優勝校のレギュラーは全員・・・ということなら、当然越前にも・・・?」
「ああ、南次郎から連絡があったよ。あの子は今はアメリカだから、そのまますぐに向こうに転送する様に頼んでおいた。決めるのはあの子の意志だけど・・・そろそろまた戦いたくて身体がウズウズしている頃じゃないかねぇ」
「そうですね」
 おそらくは来るのだろう・・・と二人が確信めいたものを感じている脇で、一通りの文章を読み終わった桜乃が、封書を元に戻して不二に返しつつ、祖母に尋ねた。
「合宿って言ったら、またお祖母ちゃんがみんなを引率してそこに行くの?」
「いや、今回はアタシは留守番組だよ」
 孫の質問に軽く答えると、スミレは桜乃と不二の顔を交互に眺めながら説明した。
「合宿はあくまでも招待してくれた向こうが主導で行う形だからね、部外者は入場すら出来ないらしい・・・まぁ関係者なら見学ぐらいは許されるだろうけど、そこに各校の顧問が出しゃばっていったところで混乱を招くだけさ。幸い向こうはテニスの指導に関しては施設も人材も申し分ないから、アタシはゆっくり皆の成長を楽しみに待っていよう」
「そう言われると、緊張しちゃいますね」
「何を言ってるんだかね、ウチの天才は・・・」
「フフフ・・・」
 それからも不二とスミレは合宿について話しこんでいたが、桜乃はほえ〜んと口元に指を当てて、青学ではなく他校のレギュラー達について考えていた。
(優勝校は全員参加かぁ・・・準優勝の学校はどうなんだろう・・・優勝は出来なかったけど、それでも皆さん凄い活躍してたし・・・聞いてみたいなぁ)
 そう言えば、今日は女子テニス部の活動はお休みだったし・・・久し振りにお会いしに行こうかな・・・立海の皆さんに。
 立海の皆さん・・・正しくは立海大附属中学校の男子テニス部レギュラーメンバーである。
 実は青学のレギュラー以上に、桜乃は立海のメンバー達と懇意にしており、暇があれば足繁く向こうの見学へと通う程の仲だった。
 慕っているのは桜乃のみに非ず、向こうの若者達も桜乃の事は非常に好ましく思っている様で、これまで見学を断られた試しはない。
 いつも快く受け入れてくれ、且つ、時間がある時には懇切丁寧にテニスの指導までしてくれるのだ。
 それは、彼らと同じく桜乃もまたテニスに真剣に向き合っているが故の、先輩としての思いやりでもあった。
 きっと、青学メンバーに勝るとも劣らない程にテニスに情熱を傾けている彼らなら、参加の権利があるのなら絶対に行くだろう、と思いながら、桜乃はその日、放課後に立海に向かう事を決めていた。


「U−17合宿? うん、俺達の処にも来たよ」
「取り敢えず、レギュラーは全員、参加資格を得られたようだ」
「わぁ、やっぱり」
 放課後、立海に赴き、彼らの活動が全て終了した後の部室内で、桜乃はメンバー達から彼らもその合宿に参加するという予定を聞いていた。
 もしや準優勝では、何人か候補から外されるのでは・・・と桜乃は懸念していたのだが、幸いそれは杞憂だったようだ。
「勿論、皆さん参加されるんですよね?」
 最初に桜乃に答えた部長の幸村と参謀の柳は、続いての相手からの質問に同じく肯定の意を示した。
「うん、随分本格的な合宿みたいだからね」
「俺達中学生だけの集まりでは、やはり技術の向上には限界がある。如何に高校の先輩方と練習試合を行う機会を持っているとは言え、彼ら全員が全国レベルという訳ではないからな」
 二人に続き、副部長である真田がうむと頷き締め括った。
「全国から選抜された高校生達と共に切磋琢磨出来るとは、またとない好機。年齢が下だからと言って遠慮は要らんだろうからな、楽しみだ」
「いやー、副部長は十分勝ってるんじゃないスか? 少なくとも見た目は」

 がすっ!!

 背後でぼそりと呟いた二年生エースの切原をしたたかに殴りつけ、そのまま真田がぎりぎりぎり・・・と首を締め上げる。
「すまんな竜崎・・・口の減らん後輩を持つと苦労するのだ」
「ぐええええ!!」
「い、いえ・・・程ほどに・・・」
 たじたじになっている桜乃に苦笑しながら、銀髪の詐欺師が問い掛けた。
「青学は、まぁ俺達もそうなんじゃから当然全員参加じゃろ?」
「え?・・・あ、はい・・・多分」
「? 多分? 何か問題でも?」
 曖昧な桜乃の返事に紳士である柳生が尋ねると、彼女は頬に手を当ててその理由を述べた。
「あの・・・リョーマ君はアメリカに行ってますから・・・お父さんが手紙は転送したらしいんですけど」
「ほう、武者修行か」
「そんな感じです。でもお祖母ちゃんは、合宿には来るだろうって言ってました」
「そう・・・俺もそれを願うよ。彼が言ったこと・・・今の俺はそれを理解しているのか、まだ分からないんだ」
 決勝戦の時、コートで彼が自分に言った台詞。
 彼が投げかけた言葉が二人の勝負を分けたものだとするのなら、今の自分を超える為にも、確かめなければならない。
 言葉は意味を為さない・・・おそらくはコートの中にこそ答えはある。
 幸村がそう語る一方では、至って呑気に丸井がガム風船を膨らませながら頭の後ろで手を組みつつ呟いていた。
「難しいこた分からないけど、俺はもっかい青学の黄金ペアとやりてーなー。今度やる時は絶対に負けねい!」
「だな・・・俺も借りは早めに返したいところだ」
 相棒のジャッカルも賛同したところで、桜乃があらあらと笑った。
「皆さん、本当に熱心で凄いですねぇ・・・私も遠くからですけど応援していますから、頑張って下さいね?」
 そんな台詞に、ようやく副部長の折檻から解放された二年生の切原が非難の声を上げた。
「え〜!? 冷てーなー竜崎。遠くからじゃなくて、ちゃんと応援しに来いっての」
 それに便乗して、丸井も同じく声を上げる。
「そーだよい、合宿での栄養補給、おさげちゃんのお菓子も重大な役目を担ってるんだぞい!」
「え・・・だって・・・」
 彼らの訴えに、逆に桜乃はきょとんとして問い掛けた。
「近くで応援したいのは山々ですけど、私は部外者ですから合宿所には入れないんでしょう? お祖母ちゃんが言ってました」
「え・・・」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 丸井の声を最後に、立海メンバーが全員、貝の様に口を閉ざす。
 その表情には例外なく『そうだったっけ?』という疑問が浮かんでいた。
「あ、あの・・・?」
 違うの・・・?と思う少女を他所に、彼らは自分達が受け取った合宿参加連絡の封筒を取り出し、中身を改めて開いて熱心に読み込んでいく。
 その文章の最後に近いところで、確かに部外者は入れないという記載を見つけた丸井が大声を上げた。
「マジーッ!? おさげちゃん、中入れないの〜〜〜〜っ!?」
「うわ、本当だ! 何で気付かなかったんだ俺!」
 同じく驚愕するジャッカルの台詞を受け、ぬかった・・・と柳が眉をひそめた。
「ありきたりの断りだった分、見逃してしまったか・・・已む無いことだと理解は出来るが・・・少なからずショックだな」
「合宿所でも、たまには会えるだろうと思っていましたからね・・・短期間とは言え、寂しくなります」
 可愛い妹分と合宿期間は離れなければならないという事実に、流石の紳士も落胆を隠せない様子だったが、その脇で、切原がむんず、と桜乃の腕を掴んだ。
「はい?」
 無言のまま、彼はずるずると相手を引き摺り、先輩の詐欺師の前へと連れて行く。
「?・・・あ、あの・・・」
「仁王先輩、竜崎男装させて、『付き人』ですって誤魔化せません?」
「うーむ・・・出来んことはないが」
「無理ですー! お気を確かに二人とも!!」
 冗談の様な台詞を大真面目に語る二人に、慌てて桜乃がストップを掛けると、後ろから駄々をこねながら丸井が抱き付いて来た。
「うわ〜〜〜〜んっ!! やだやだやだ〜〜〜〜!! おさげちゃんも連れてく〜〜〜っ!!」
「わわわ・・・ま、丸井さん・・・」
「おさげちゃんがいないと元気でねーもん! クッキーもケーキも、誰が作ってくれるっていうんだよい!!」
「えーと・・・私本人の立場は?」
 思わず桜乃がそう突っ込んでいる間に、慌ててジャッカルが相棒を引き剥がす。
「こらこらこらっ! セクハラになるからやめろって!!」
「だって〜〜〜〜」
「しょうがないよ、ブン太、規則は規則だ。誘われる立場である以上、俺達がそんな権利を主張する訳にはいかない」
 流石に部長である幸村は、そこはしっかりとけじめをつけているらしい・・・と思いきや・・・

 ぐしゃっ・・・

「・・・悔しいのは確かだけどね・・・お返しに、せいぜい中で憂さ晴らしでもさせてもらおうかな・・・」
 自分宛の例の封筒を思い切り握りつぶしながら、いつもより低い声で呟く姿に、嫌なオーラが漂っていた。
(誰がどう見ても八つ当たりっ!!)
(下手すりゃ血の雨降るぞ、マジで・・・)
 まさか自分達にまでとばっちりは来ないだろうな・・・と危うさを感じながら丸井とジャッカルが思う中、桜乃はあくまでも彼らが妹分としての自分を気遣ってくれているのだと信じきって、素直に答えていた。
「あの・・・皆さんに暫くお会い出来ないのは残念ですけど、その間、私もしっかりと自分でテニス上達出来るように頑張りますから!! 皆さんには及ばないでしょうけど、お帰りになった時には是非成果を見て下さいね!」

(ああもう、行きたくね〜〜〜〜〜っ!!!)

 いや、本当は行きたい、テニスをしたいのは山々なんだが、そんな可愛い事を言われてしまうと、思い切り後ろ髪を引かれてしまう。
 それはもう、仁王の後ろ髪が水平に立ち上がってしまうぐらいに引かれてしまうのだ。
 しかし、自分達は常勝を良しとする王者立海!
 当然、女性を理由に今回の合宿を断る道理などなかった。
「・・・そうだな、お前の成長を直に見られないのは残念ではあるが、その成果を楽しみに合宿を過ごすのも良かろう。だが無理は禁物だぞ、身体を大事にな」
「はい、真田さん」
 メンバーの中でも、ショックは受けたものの一番当たり障りない反応を返せた真田が桜乃にそう締めくくり、その場の話は終わった。
 しかし、桜乃が合宿所に入れないという事実が、立海メンバー達の心に少なからず影を落としてしまったのは、間違いなかった・・・・・・



 そして合宿参加初日・・・
「お別れすんのは寂しいけど・・・・・・今まで楽しい時間を有り難う・・・!」
 テニスの合宿に行く前の台詞とは思えない程の、かなり切羽詰まったそれを相手に投げかけながら、立海の丸井が暫しの別れを惜しんでいた。
「うわ〜〜〜ん! おさげちゃんっ!! 俺らがいない間に浮気なんかすんなよ〜〜〜〜〜っ!!!」
「はいはい」
 ひしっと抱きつく相手は、当然竜崎桜乃その人。
 場所は合宿所の正門前、いよいよそこを過ぎたら戻ることは叶わなくなる、いわゆる日常生活との境界線だ。
 朝も早く最後に応援に来てくれた少女に、立海勢はぐるりと彼女を取り囲んで暫しの別れを惜しんでいる。
「丸井・・・今生の別れじゃないんだから大声で喚くなって、恥ずかしい」
「オメーにおさげちゃんとおさげちゃんのおやつに会えなくなる辛さが分かるか〜〜〜っ!!」
「少なくとも、お前の悲しみにはまず食欲ありきだという事はよく分かる」
 げんなりした様子のジャッカルが相棒を窘めている間に、幸村が桜乃に優しく微笑みながら来てくれた事に礼を述べる。
「わざわざここまで来てくれたんだ・・・有り難う、竜崎さん」
「いいえ、私も皆さんに会いたかったし、結構近い場所でしたから・・・」
 公共の交通機関を利用したら意外と早く来る事が出来た・・・と桜乃は合宿所の正門を見やり、しみじみと言った。
「でも、近いけど、皆さんが入ってしまえば暫くお会い出来なくなるんですね。何だか変な感じです」
「うん・・・寂しくなるけど、頑張ってくるよ。君に笑われないようにね」
 にこ・・・と微笑み、餞別代わりに幸村がぎゅうっと桜乃を抱きしめる。
 それは確かに、先輩達と後輩の深い絆を示す光景・・・だった筈なのだが、先程からそんな彼らの様子を微妙な表情で眺めている一団があった。
 他でもない、桜乃の母校でもある青学の男子テニス部レギュラー陣である。
 一年のスーパールーキーと二年の凸凹コンビ以外は揃っている様子で、彼らも今から正門から入ろうというところらしい。
「・・・何かこう・・・目のやり場に困るにゃあ」
 三年の黄金ペアの片割れである菊丸が、そう言いながらもまじっと立海の方をガン見している。
「いやまぁ・・・あれ以上の事はしていないから、別に良いんじゃないか、うん」
 河村も許容する台詞を述べはしたものの、それは自分に言い聞かせる為のものであったらしく、目が明らかに泳いでいる。
 そんな彼らの視線の向こうでは、幸村に続いて他のメンバーも桜乃を思い切りぎゅーっとしている真っ最中。
 因みに今は仁王が彼女をハグしており、ついでになでなでと頭も撫でるおまけつき。
 からかっているのか別れを惜しんでいるのかは定かではないが、少なくとも親愛の情はたっぷりこもっているらしい。
「竜崎は、随分と立海の面子に世話になっているらしいな」
 相変わらず、部長である手塚は淡々とそう評するばかりで、向こうの光景のいびつさには全く気づいていない様子。
 確かに、ただ抱きしめるだけで桜乃も嫌がっていないのなら、セクハラにも当たらないのだろうが・・・
「俺の持っていた立海のイメージが・・・」
 関東大会、啖呵を切って向こうの副部長から思い切り睨まれた経験のある大石は、相手が今はそんな仲間を止めようとすらしていない光景にうーむと渋い表情。
「僕達の方が同じ学校だし、正規の先輩に当たるんだけどね」
 そうは言いながらも、不二は珍しいものが見られたとばかりに楽しそうに笑っている。
 もしかしたら「弱味発見」と思っていたかもしれないが、それは定かではない。
「では、取りあえず、俺達は先に向かうか」
「そうだな」
 手塚と大石が確認し、頷いたところで、青学の面子が全員正門を通り過ぎていった。
 それから一分もしない内に、そこに新たな招待客達が現れた。
 但し、徒歩ではなく、大型バスに乗った形で。
 言わずとしれた、強豪校氷帝学園の面々だ。
「あ、立海の奴らだ」
「正門はすぐそこなのに、何をしているんでしょう?」
「あん・・・?」
 向日と鳳が片方の窓際へと寄って、そこから見下ろす光景に疑問の声を上げたところで、部長である跡部もそれを聞いて興味を覚え、窓からそちらへと視線を移した。
 確かにあのジャージの色合いは立海のそれだが、何故か一カ所に固まっている。
「?」
 更によく凝視してみると、彼らの中央にいるのは部長の幸村ではなく、一人のおさげの少女だった。
 それ程親しい訳ではないが、顔と名前ぐらいは覚えている。
 青学の顧問である竜崎先生の孫だった彼女が、何故か立海と一緒にいる。
 今は、あの二年生の若者に抱きつかれてくしゃくしゃと悪戯に髪をかき回されているが、随分と親密な雰囲気だ。
「・・・・・・?」
 立海の面々と桜乃が、かなり親しい間柄であるとは知りもしない跡部にとっては、それは非常に奇異な光景に映っただろうし、他の氷帝メンバーについても同様だろう。
 徒歩だったら立ち止まってまじまじと見てしまうところだったが、今は生憎バスの中。
 かと言って、その光景だけの為に「止めろ」と指示を出すまでには及ばず、彼らはバスの走るままに正門前を通り過ぎ、敷地内へと入って行った。
「・・・・・・撫でてご利益があるのは・・・」
「ん?」
 ふと呟いた跡部が、くるっと忍足の方へと振り向く。
「ビリケンだったか?」
「あれは足やろ」
「そうか・・・ならやっぱり地蔵か」
「何がどうして地蔵やねん・・・」
 いや、何を言いたいのかはうっすらと察しがつくが、具体的に言うとなると難しい。
 それからも彼らは、あれは一体何の儀式だったのだろうとバスを降りるまで長いこと考え込んでいた。


『じゃあ、皆さん。どうかお怪我のないように気をつけて下さいね。私、お会いする事は出来ませんが、ずっと応援していますから!』
 それが、あの可愛い妹分の別れ際の言葉だった・・・

「今回、韓国遠征で一軍二十名が・・・」
 立海勢がいよいよ敷地内に入り、コートに他校のメンバー達と揃って集合したところで、U−17代表戦略コーチである黒部由起夫が、高校生、中学生全員に向かって、今回の合宿の意図について説明を行っていた。
 が、立海の面々は、元々招待状の中身からそれについては既に知るところであり、今更何の感慨も無い。
 それより・・・
『はぁ・・・これで当分、おさげちゃんには会えないのかぁ』
『しょうがないじゃろ・・・お前さん、二度も三度も抱きついとったクセに』
『仁王だって頭ぐりぐりしてたじゃん』
 丸井や仁王の内緒話と同じ様に、全員、離れてしまった妹分について思考を巡らせていた。
「諸君! 互いが切磋琢磨し、U−17の・・・」
『後で貰ったお菓子分けて下さいよね、丸井先輩』
『独り占めはなしだぞ、丸井』
『へいへい』
 黒部コーチの話はまだ続いていたが、殆ど聞いちゃいねぇ状態。
『皆さん、少しは話を聞きましょう』
『その通りだぞ、揃ってたるんどる!』
 柳生と真田が彼らを嗜めたが、男達はその内の黒い帽子の若者に逆に質問した。
『けど、真田副部長、最後まで竜崎にぎゅーっとしなかったけど、良かったんスかぁ?』
『これから暫く会えなくなるんだぜい?』
『むっ・・・ば、馬鹿者! 男子たるものそうそう気軽に女子に触れるなど・・・』
 うろたえる男に、部長の幸村さえもが内緒話を肯定する形で発言した。
『我慢し過ぎるのも身体に毒だよ、弦一郎』
『が、我慢などしておらん! その程度で鬱憤など溜める訳がなかろう!』
 そう言い募ったところで、黒部コーチの台詞が更に続いた。
「ただし監督から伝言があります・・・」
 バラバラバラ・・・
 遠くから聞こえてくるエンジン音・・・出所は・・・空だ!

『!?』

 中学生だけでなく高校生も全員が振り仰ぐと、プロペラ機が一機、コート上空を目指して滑空してくる。
「ボールを二百五十個落とす。取れなかった四十六名は速やかに帰れ・・・と」
 そして同時に空の機体から降って来る黄色の大粒の雨達が、合宿最初のサバイバルレースの始まりを告げていた。
 わっとどよめきたつ高校生達を他所に、中学生五十名は極めて冷静に行動を起こし、次々とボールを手に入れてゆく。
 その中にはしっかりと立海メンバー全員も含まれていたのだが・・・・・・
「あ・・・」
「あら〜〜〜」
 ジャッカルと丸井が見つめる先、黒の帽子を被っていた同部の副部長は、一個で良い筈のボールをこんもりと親の仇の如くラケットの上にピラミッド状に積み上げていた。
 あれはもう殆ど、ヤケを起こした姿としか思えない・・・そして、その予想はおそらく間違っていない。
「・・・鬱憤、溜まっていたのだろうな」
「無理せずにハグしとけばよかったのに・・・意地っ張りなんだから」
 やれやれと参謀と部長が溜息をついてそう評した。
 結局その場で脱落した中学生は一人としておらず、そして幸村と因縁深いあの若きサムライもアメリカから帰国し、彼もまた最後のボールをゲットして合宿への参加を認められた。
 桜乃と触れあえなかった事で、やたらと最初から張り切ってしまった副部長の所為で合宿から落とされた高校生達にはご愁傷様と言う他はなかったが、兎にも角にも、ここにいよいよ、U−17合宿が開始されたのである。